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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3296号 判決

原告

中河育江

被告

稲村貴男

主文

一  被告は原告に対し、金一一一万〇八四四円及びこれに対する平成四年一〇月一二日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三八〇万五一二七円及びこれに対する平成四年一〇月一二日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

足踏式自転車が転倒し、その運転者が傷害を負つた事故において、受傷者が、右転倒は、道路中央をはみ出し対向直進してきた普通乗用自動車と衝突したことないし同車両に驚いたことによるとして、同車両の運転者に、民法七〇九条に基づき、その損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠による事実は、証拠摘示する。)及びそれに基づく判断

1  本件事故の発生

日時 平成四年一〇月一一日午後三時一〇分頃

場所 大阪府東大阪市神田町三―四先路上(本件道路)

関係車両 原告運転の足踏式自転車(原告自転車)

被告運転の普通乗用自動車(大阪七七に三三六六)(被告車両)(甲一の1、二)

態様 直線路である本件道路で、原告自転車が転倒した。

被告車両は、その対向直進車両であつた(甲一の2、3、二六、乙一、原告及び被告各本人尋問の結果)。

2  原告の傷害

原告は、本件事故によつて、左脛骨踝部骨折の傷害を負い、若草第一病院に平成四年一〇月一一日から同五年一〇月一四日まで通院し、その間同四年一〇月一五日から同年一一月二二日まで及び同五年九月二一日から同年一〇月三日まで入院した(甲三、四の1、2、五の1ないし3、六ないし一〇、二五、二六、原告本人尋問の結果)。

二  争点

1  被告の責任の有無

(一) 原告主張

原告自転車が転倒したのは、道路西側を対向直進中の被告車両と衝突したことによるものであるところ、それは、専ら、被告の左側通行義務違反、前方不注視、安全運転義務違反の過失に基づくものであるから、被告は民法七〇九条の責任を負う。

仮に、原告自転車と被告車両が衝突していなかつたとしても、原告自転車が転倒したのは、対向して道路西側を走行していた被告車両に驚いたことによるものであるから、同様に、被告は民法七〇九条の責任を負う。その場合でも、本件事故は専ら、被告の右各過失に基づくものといえる。

(二) 被告主張

争う。

原告自転車と被告車両は接触しておらず、本件事故は原告自転車の自損事故であるから、被告には責任がない。

2  損害

(一) 原告主張

治療費一六四万〇二二三円、付添費一万三五〇〇円、入院雑費九四〇四円、休業損害六三万円、傷害慰藉料八一万円

(二) 被告主張

争う。

第三争点に対する判断

一  被告の責任の有無

1  本件事故の態様

(一) 甲一の1ないし3、二、二六、検甲一ないし七、八の1ないし13、乙一、検乙の1ないし9、原告及び被告各本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

本件事故現場は、ほぼ南北に延びるセンターラインのない、車両通行帯の幅員が四・五メートルで、両側にそれぞれ一メートルの幅員の路側帯のある道路(本件道路)であつて、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故現場は市街地にあり、歩車道の区別はなく、前方の見通しはよく、本件事故当日の実況見分時の三分間当たりの車両通行量は一六台であつた。本件事故現場附近の道路はアスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時乾燥しており、最高速度は時速三〇キロメートルに規制されていて、駐車禁止とされていた。本件事故現場南側はアーケードの施された商店街で、歩行者及び自転車専用道路となつており、本件事故現場付近も商店街で、路側帯には自転車が駐輪されており、商店のワゴン等も置かれているため、歩行者及び足踏式自転車は、路側帯をはみ出し、左右の車道部分を歩行ないし走行することもままある状況であつた。

被告は、時速約二〇キロメートルないしそれ以下で、被告車両を運転し、本件道路を北から南に直進進行してきたところ、本件道路東側の歩行者及び進行中の足踏式自転車を認めたので、それらを避けるため西側に寄つてそのまま進行し、今度は本件道路西側を対向直進する二輪車及び原告自転車を認め、同図面〈2〉付近(以下符号のみ示す。)で停止したところ、直後に、二輪車は被告車両の西側を通過し、原告自転車が〈2〉の約二・三メートル南の〈ア〉に至り、転倒を開始し、〈2〉の約〇・七メートル南の〈イ〉に転倒した。

原告は、原告自転車を運転し、本件道路を南から北に直進してきたところ、道路西側を対向直進してきた被告車両を認めたものの、被告車両は東側に避けるであろうと考え、そのまま直進進行したところ、被告車両が意に反し、東側に避けなかつたため、衝突の危険を感じ、ハンドル、ブレーキ操作を誤り、前記の態様で転倒した。

(二) なお、甲一の2、3、二六には、原告自転車と被告車両が接触したことによつて原告自転車が転倒した旨の記載があり、原告も本人尋問において、そのように供述するものの、いずれも、原告の意思に基づく証拠であるところ、内容面において、具体的な衝突状況、被告車両の衝突部位が変遷しており、原告の本人尋問の際の供述によると、衝突の状況は覚えていないとしているものであるから、甲一の2の被告指示説明部分、乙一、被告本人尋問の結果に照らし、採用することができず、甲二五(カルテ)、検甲九ないし四一(レントゲン写真)によつても、原告には衝突を推認できる傷害も認められない。

2  当裁判所の判断

前記認定の事実からすると、被告車両が左側通行義務を怠り、道路右側を進行したことが、原告自転車の転倒の一因となつているといえるから、被告にも、民法七〇九条の責任がある。

この点につき、被告は、接触がないことから原告の自損行為であつて、被告に責任がないと主張するものの、転倒を開始した位置が被告車両とそれほど遠いとはいえないこと、被告車両は原告自転車転倒時には停止していたとはいえ、その直前まで進行しており、道路右側に大きくはみ出していることからすると、対向直進している足踏式自転車からすると驚異に感じられることは十分ありうることを総合すると、被告の右走行と原告の右転倒の間には、相当因果関係は否定できず、被告の責任は免れないというべきである。

しかし、原告も、転倒位置の相当南側から、被告車両が本件道路西側にはみ出していたことを現認しており、それが道路東側の歩行者及び足踏式自転車によるものであつて、直ちに本件道路東側に戻るには困難な面もあつたことを容易に知り得たのに、前方の道路状況、特に、被告車両の動静を十分注視していなかつたため、被告車両がそのまま進行し、道路右側に停止することまでは予測せず、適切な速度で進行する義務を怠り、ハンドル、ブレーキ操作を誤つたものであつて、原告の右各過失も本件事故を引き起こした一因であるから、相応の過失相殺をすべきところ、前記認定の道路状況からすると、現実に被告車両が道路東側に戻らず停止することが十分ありうることを認識できたのに原告はその動静の確認を怠つたこと、そして、原告自転車転倒時には被告車両は既に停止していたこと、被告車両のそれまでの速度、前記の転倒開始位置と被告車両停止位置との距離、原告自転車と被告車両は結局接触していないことからすると、原告の前記過失は相当重いものであつたと推認せざるを得ず、原告自転車と被告車両の車種、被告車両の右側通行を考慮にいれても、本件事故の原因の多くは原告にあるといわざるを得ず、過失相殺割合は六五パーセントを相当と認める。

二  損害(円未満切り捨て)

1  治療費 一六四万〇二二三円

原告は、前記認定(第二、一2)のとおり傷害を負い、入通院したところ、甲四の1、2、五の1ないし3、六ないし一〇によると、その治療費は右額のとおりと認められる。

2  付添費 一万三五〇〇円

甲二五によると、原告が平成四年一〇月一六日観血的骨接合術をしたことからすると、原告主張の三日間の付添を要したと推認でき、その額は一日当たり四五〇〇円と認めるのが相当であるから、原告主張のとおりとなる。

3  入院雑費 九四〇四円

前記認定のとおり、原告は五二日間入院しているので、少なくともその主張する右金員を要したと認めるのが相当である。

4  休業損害 五二万五〇〇〇円

原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、パート労働するかたわら、家事に従事していたところ、本件事故後、パートは退職し、家事も退院後一か月程度はほとんどできず、その後やむを得ず始めたものと認められる。したがつて、基礎収入は少なくとも原告主張の月収二一万円と認めるべきであつて、原告の主張する休業期間は三か月であるところ、当初の二か月は労働能力を一〇〇パーセント喪失し、その後一か月は五〇パーセント喪失したと認めるのが相当であるから、左のとおりとなる。

21万円×2+21万円×1×0.50=52万5000円

5  傷害慰藉料 七〇万円

前記認定の傷害の程度、治療経過、特に、通院は長期に渡つているものの、実通院日数は四日と少ないことに照らすと、右額が相当である。

6  損害合計 二八八万八一二七円

三  過失相殺後の損害 一〇一万〇八四四円

四  弁護士費用 一〇万円

本訴の経過、認容額等に照らすと、右額をもつて相当と認める。

五  結語

よつて、原告の請求は、一一一万〇八四四円及びこれに対する不法行為の後である平成四年一〇月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

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